今日はもう寝たくない。
嫌な夢を見たせいだ。でも横になってたら確実に寝る。だったら散歩でもしよう。
寝起きのわりにはしっかりとした思考回路で、私は寝床をこっそり抜け出した。
真夜中に出歩く私を止める人なんて誰もいない……はずなのに、後ろからかすかに私を呼ぶような声がするのは気のせいだと思いたい。お化けなんて非科学的なものは絶対にいない。
全速力で逃げようとしたところで「俺だよ、俺、俺!」と詐欺師みたいな台詞がはっきりと聞こえた。
「なんだ……人間か」
「人間のゲンで〜す」
幽霊みたいなポーズで両手を振りながらゲンはヘラヘラと笑っている。
「で、どうしちゃったの?こんな時間に」
「いやーちょっと悪夢を見まして」
「ドイヒー作業させられちゃう夢?」
「まぁそんなとこ」
いくらなんでも言えるわけない。
復活液をかけても、もう誰も戻らない。なにもかも取り返しの付かない、ひとりぼっちの夢だなんて。
気分転換ならメンタリストに任せてと付き合ってくれたゲンも、数十分経つと「そろそろ戻って休もっか」と眠そうな声で呟いた。
駄々をこねる子どもみたいにその場から動けない私と「明日フラフラだと大変よ?」とごもっともな諭し方をする大人びたゲン。急に堪らなくなって彼の服の袖を摘まんだ。
「私、横向きじゃないと眠れないんだけどね、でもなんか今日は背中が寒いっていうか、何かに襲われそうな気がして……だから、今日はもう寝たくない」
静寂に溶けていくはずの情けない言葉を、ゲンは私の両手ごと包み込んだ。
「あのさ、それって誰かがそばにいたら眠れたりする?」
掌が熱を持って汗ばんでくのが分かる。ゲンは相変わらず笑みを浮かべていたけと、彼の掌も同じだった。私たち、こんな時間に何を熱くなってるんだろう。
「また眠れるようになるまで楽しくお話しできる人がいた方が良いんじゃない?例えば、俺とか」
眠そうな顔をしているけど、寝惚けて言ってるのではないらしい。それ色々大丈夫なの?とは思ったけれど、首を縦に振るので精一杯だった。
きっとゲンは分かってた。私はただ、誰かの温もりを感じられる夜が恋しかったのだ。
2020.9.22
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